住職の雑学日記!~七種の滝と福崎町陰陽師伝説~

 

ちなみに河童の兄がガタローで弟がガジローだそうです。今日もブログをご覧いただきありがとうございます。河童伝説の続編、福崎町陰陽師伝説です。陰陽師と言えば有名なのが安倍晴明!しかし、晴明は京が主役の陰陽師!実は実力派の陰陽師はこの播磨に根を張り存在しておりました。

 

時は推古天皇の時代、この辺りは滋岡と呼ばれておりました。当時、大飢饉が発生していたそうです。そんなとき、この滋岡に現れては消えを繰り返すご老人がおられ、そのご老人が動画の場所から下ったところに、もみ、大麦、小麦、大豆、小豆、あわ、ひえの七種を植えましたらそれが実り飢饉から人々をお救いになったと言われております。そして、その方が陰陽師であったと言われ滋岡川人(しげおかせんにん)と呼ばれていたそうです。七種の滝の七種はここからきているんですね!

さらに、三論宗の高麗の僧、恵潅法師が聖徳太子の命を受けて山を登りしばらくこの地で修業をしていたところ滋岡川人が現れ、十一面観音菩薩を祀りなさいと言われたそうです。しばらくはこの山門の辺りに寺を構え、仏様を祀っていましたが後に弘法大師空海が寺を訪れ、その後、真言宗に改宗、現在は金剛城寺となっています。弘法大師空海もこの七種山のつなぎ岩にて護摩を修し修業なされたと言われています。

これが『つなぎ岩』です!

機会があれば行ってみようと思います。

また、滋岡川人は大慈悲観音の化身とされ自然霊=神、そして仏様ともされ、まさに神仏習合(神と仏を融合し尊重する考え)と言えます。

しかし、しかし。

純聖寺はそのような歴史を存じあげず、神仏習合の精神を引き継ぎ、弘法大師空海と縁のあった福崎町に開山し、また十一面観音菩薩を本尊とさせていただいております。

時空間を越えた、同調感、また、この地における使命感なのかもしれません。なんとも不思議な縁起です。真言密教僧として精進し歩まねばなりません。

合掌

 

 

紅葉に見た日本人の人間力

タイムリーではないのですが11月下旬に大覚寺に行ってまいりました。紅葉は見ごろを少し過ぎていましたが、お庭に赤色が強調され素晴らしい景色でした。大覚寺は嵯峨天皇ゆかりのお寺でもあり当時の皇族の足跡がすごく感じられます。811年3月11日に当時疫病がはやりなんとかそれを押さえようと弘法大師空海が天皇の命を受けこの地で五大明王による祈祷を行い疫病がおさまったと伝えられています。霊宝館にて特別展もあり仏像も見せて頂きましたがいろいろと感じるものがありました。ありがたいとその言葉しか思いません。連日紅葉をちぎったりして家に持ち帰る方が増加していることが報道で取り上げられます。正直お寺の成り立ち、または神仏に対する礼節を重んじる心があればこのようなことはおきません。入ってはならない。その空気感が感じられないというのはどこか日本人が一番大切なことを忘れているのだと思います。少しばかりの小楽を積み重ねたとしても得ることのできないエネルギー、人間の深管を支えている。それこそが森羅万象、神仏のお力であることをお忘れなのだと思います。合掌こそが人間力を作って行くのだと改めなければなりません。合掌

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