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南国愛媛でも寒かった!

7日8日と愛媛松山に出向でした。

しかし、黄砂と花粉。。。それだけでなく半端ない寒さでした。

朝起きてびっくり!霊峰、石鎚山が雪で真っ白でした。この時期にありえません。

しかしながら、定期便の愛媛への出向ご相談者さまの前進するお姿を見てホッと致しました。愛媛松山での次の相談月は六月。

それまで石鎚山とさようならです。また違う景色を見させていただきます。  合掌

悲しき形に変わりゆく僧侶とお寺

先日、他檀家の方からこのようなお話を伺いました。

『うちの和尚さんは最近の家族葬には反対のようです。どうもお布施が少なくなるからみたいで、法事でお越しいただいたときもお布施の話ばっかりであまり説法などはされませんし・・・』またお布施が少ないとお見直し下さいと突き返される。お話の最後には檀家を辞めることができるなら辞めたいとのこともおっしゃられていました。

現代の檀家離れの典型的な実例です。この辺りの相場ですが葬儀の際のお布施は当寺院の二倍から三倍と聞きます。少なくなると申しましてもそこから少々ですから申し分なく感じます。お寺の修繕費用や存続費用にかかることもあるでしょう。しかしながら、お寺に払うのはもったいないと思われるということは相応の布教がなされていないという証であると思います。どうして和尚さんはそこをご理解されないのでしょうか。物を買う時にそれ相応の価値に見合った物を買う。お布施は物ではありません。しかし、お坊さんが仏の功徳を檀家に押し付けてご自身が横柄な態度ではいけない。それなりのお布施を頂いているのであれば自らがしっかりと一生懸命布教をされなければならない、そしてその聖職者としてのお姿に安心を求めるのです。

私もしっかりと仏道に勤しまなければなりません。 合掌

 

 

海外へお大師さまの教えを!真言密教布教師!

先日、私の弟子、三上香楽僧上が欧米から行に帰って来ました!

真言密教とは、自身に秘められた可能性の扉を開き、その能力を生かすことで周りに幸せをもたらしていくという教えであると私は思っています。そして、そこに至るには揺るぎない御仏のお力、ご加護があるのだと思っています。日本は仏教国、生まれた時から仏教が身近にあり御仏に対する感謝や敬意をどことなく肌で感じる環境にある。はっきりと見えない利に対し「おかげさま」と言える文化である。また信仰に明らかな結果はない。可であろうと不であろうと「おかげさま」と感謝する文化である。

欧米、それはアメリカンドリームというぐらい結果主義な大国。国の伝統には敬意があるにせよ。空海、お大師様や真言密教という文化は当然一から。日本とは異文化の地で真言密教を広げる。この険しい道を彼は真言密教布教師として歩んでいる。密教の大学を作り、団体をこの場所で作りお大師様の教えを布教している。本当に尊敬しかありません。

彼はもう次の地へ旅立ちました。師匠として何ができるか毎日自問自答の日々ではありますが、ぜひ頑張っていただきたいと思っております。

桜満開!

やっぱり桜は綺麗ですね。。。本日より海外から弟子が来ています。

明日は厳しい行ですが、綺麗な桜に心癒されます。

どこか不思議と疲れもなくなる。自然は『神仏』そのものですね。感謝でございます。 合掌

働きながらお坊さんになる。僧侶になりたい。僧侶入門。《僧侶になったお弟子さんの声 其の二》

こんにちは星名天弘と申します。現在、純聖寺の宮城県布教所の聖僧侶として毎日を送らせていただいております。

私は小さき頃より、人の大きな悩み苦しみを目の当たりにし、 真面目な性格からもあり、それらの苦しみの原因と何故そのようになるのかを探求しておりました。社会人として勤めている中、真言密教という仏教のご縁を賜りました。すぐにお寺へ出家し、9年間真言密教僧侶としての様々な基礎を学習させていただきましたが、その後、寺を下りしばらくの間、一般人として生活を送っておりました。

仏教を離れた生活、もやもやとした気持ちの日々を過ごしていました。そのようなとき、あるきっかけで純聖寺を知りました。十一面観音菩薩や諸佛の導きをいただき、自分の道は僧侶しかないと再び門を叩く決心ができました。

働きながら学べる。寺に9年いた経験上、本当に大丈夫だろうかと不安もありましたが、はじめて師とお目通りさせていただいた時の感動は今でも忘れません。弟子入りをして行を始めました。学院では加行作法だけではなく、丁寧に実践に即した読経や聲明に関しての指南もしていただきました。私の想像以上にきっちりされているのに感銘致しました。お師匠さまが「ここはあなたの他にも僧侶経験者が何人かいますからしっかりやらないといけませんここは聖行派です。聖行とは仏教を全うに実践するということです。」と言われたときに学ぶ場所は、寺の格式や大きさではなく師僧の本質が一番大切な事だなと実感致しました。

これからも聖行派として精進致したいと思います。 合掌

純聖寺 宮城布教所 星名天弘

 

働きながらお坊さんになる。僧侶になりたい。僧侶入門。《僧侶になったお弟子さんの声 其の一》

私は、身近に寺院関係者が多く自然に仏教に親しみを持ち、我が国の仏教の根源とも言える真言宗を学び生き方に生かし、求道者として歩きたいと真言宗の道を歩む決心をしました。

しかし、仕事持ち、できれば働きながら学べる場所でかつ、しっかりと伝授していただける場所を探していたところ、寺院関係者の知人から姫路成田山の話を聞きました。

ただしその中で聖行派と名乗る僧侶がいるのでそちらの師僧ならクオリティーに申し分ないのではと言われその師僧のいる寺院を探し北本阿闍梨のおられる純聖寺の大弥山専修学院の門を叩きました。

師は私が体得したいと思っていた祈祷の法楽や護摩を幾度となく実践されておられる行僧であり、人格者でもあるので密教だけではなく人の道をも指南していただける有難いお方です。

私自身伝授は終わりましたが今後もまだ修行は続きます。師はおごらず、弟子がつまずけば必ず立ち止まっていただけます。よい師に巡り会い感謝につきません。これからも精進を積み重ね聖行派の一僧侶として恥じぬよう参りたい所存です。

合掌

濟雅

和歌山県白浜での落慶法要(護摩)

21日22日と出寺の式衆として和歌山県の白浜のお寺に出仕してまいりました。

この時期は、三寒四温で風も強く曇りがちのあいにくの天候でしたがなんとか無事に終えることができました。これも仏様のお力です。感謝!

本堂では、いつもとは違う他寺の大きな平太鼓でしたが響きも重低音で音も迫力がありスムーズにバチを走らせることができました。護摩の炎に添える太鼓がならせたような気がします。よい経験をさせていただきました。

ありがとうございました。

合掌

合格おめでとう!

所要が立て込んでブログの更新ができませんでしたが、3月19日(月)公立高校の合格発表でした。受験生のご家族さまに依頼されお寺でも事前に護摩をしたり祈祷をしたり、ご家族さまは熱心にお祈りをされました。

その甲斐あって見事全員合格!おめでとうございます。

ご家族さまからもお寺にお礼の電話をたくさんいただきました。「先生のおかげ」とおっしゃられていた方もいらっしゃいましたが一番は受験生の努力です。そして二にそれを純粋に応援する家族の力。三に日頃の有難さを感謝することで頂く仏のご加護の力(仏を信じる力)この三つを『三力』と言いますがこれがあったからこそよい結果が生まれたのだと思います。

何事もこの三つの力を忘れずに、傲慢にならず周りの意見も聞き入れて、自身が自然(神仏)に生かされていることに感謝して、日々笑顔で過ごしていただきたいと思います。重ねておめでとうございます。

合掌

働きながら僧侶になる。お坊さんになりたい。

私自身、手に職を持ちながら真言密教僧の道をめざしました。『働きながらでも僧侶になりたい』そのようにお考えの方は多くいらっしゃると思います。

僧侶を目指すとなると『修行』というものがあります。どうしても一定期間、お山に籠らなければならない。そのような問題が僧侶を目指したい気持ちにストップをかけてしまうこともあろうかと思います。

僧侶となって人のために何かしたい!と思われる慈悲の心をお持ちの方は多くいらっしゃると思います。そのような方に大弥山専修学院ではできる限り『僧侶入門』という門扉を開きたいと考えています。そして、学院では『修行』の期間を個人的に考慮し、ご自身のペースで『修行』していただく方針をとっております。

一昨日は東日本大震災、七年目の日でございました。学院卒業生の中には、遠い宮城県から真言密教を学びに当学院の門を叩き、僧侶となり現在では葬儀法要などさまざまな場面に出仕されている方もいらっしゃいます。ご自身も震災を目の当たりにし、被災者やまた、お亡くなりになられた方々の鎮魂のために尽力を尽くす所存であると仏道に勤しまれておいでです。

僧侶を目指す理由はさまざまであると思いますが、このような志をお持ちの方へ自らが学んだ真言密教をお伝えしたく思っております。

多くの人々に仏の慈悲が届き安心に満ちた毎日を送られることを心よりお祈り申し上げます。

『僧侶入門』詳細をご希望の方は資料請求も行っております。資料請求は僧侶入門リンクにある資料請求よりお問い合わせください。

僧侶としての葬儀出向

今年は年初めからいろいろとあり、今年初めてのブログ更新になります。

この冬は寒さが厳しかったせいでありましょうか。年初めから葬儀出向の依頼が多くございました。ご家族さまの意向に沿い、弔いの心は寄り添う気持ちを持って馳せ参じております。

私事でございますが数か月前に父を亡くしました。介護も数年、長く闘病生活を送っておりました。いざ亡くなってから葬儀をする際、いろいろな思いが込み上げてくるものです。家族が欠けるというのは本当に寂しいものです。20年程前にも弟を亡くし、今度は父を亡くしました。

『いいところに行けよ!』

送ってあげることが家族最後の大きな務め。父の葬儀は私が導師をさせていただきました。悲しむ心を堪えてやり切りましたが最後はほろっと涙が流れました。

そんな経験を致しますと僧侶としてご家族様の旅立ちの儀式に御縁があった際は、しっかり送ってあげなければいけないと強く思うとともにご家族さまのお気持ちに寄り添いできる限りお手伝いをして差し上げたいと思うのです。

今から約30年は死層時代とも言われています。つまり、旅立たれる方の年齢が層が多くなってまいります。加えてお寺様とご縁を失われた御家もたくさんあると聞きます。僧侶として故人様を送って行くことは使命であります。もしお寺様との御縁など失われお困りのようでございましたら当寺院へご一報ください。宗派は不問です。また葬儀に関する事前のご相談も無料でお受けしております。御遠慮なくお申し付けください。

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