令和2年の大みそかになりました。

今日は令和2年の大みそかになりました。

隣の姫路市香寺町はさほどでもないようですが

福崎町は雪が降りました。

やっぱりちょっと違うのですね。

大みそかは雪景色となりました。

新春の準備を終え明日より令和3年です。

今年はコロナ一色でした。日常が一変してしまいました。

皆様もその影響から身心への負担も多くあったことであろうと思います。

28日納め護摩を修しました。来年も皆様の笑顔の為に修させていただきたい所存です。

今年最後の炎です。

この炎を眺め新しい年をお迎えください。

今年度本当にお疲れさまでございました。

 

合掌

年末護摩の準備で仏器を磨きました!

12月18日(金)に仏器を磨きました!

真言宗では法要でさまざまな道具を使います。

これを仏器と呼びます!

詳しく説明すると長くなりますが、簡単に言うと

真言宗のお坊さんが使う道具は全て仏様なのです。

仏様の汚れ、垢(あか)を取り綺麗にします。

魔を祓う仏様の金剛色の輝きを復活させて!

20日(日)からはじまる

年末年始の護摩をしっかりと修したいと思います。

仏器磨きは時間がかかりました💦

朝10時~はじめて終わったのは午後5時半!

力も入いりますし、細かい作業もあります。

しかし、真言宗の坊主なら仏器磨きは

一番大切なことを学べる作業であると思います。

仏器の汚れを落とすことは仏様の垢を落とすこと、

それをさせていただくことは

自身の垢落としでもあるのです。

いつまでもおごらずに仏の使いとして精進する。

そうであるから加持力が高まるのだと思います。

鬼滅の刃👹に出てくる、全集中常中ですね😅

合掌

 

年末の掃除開始!(ある事業者さまのお話)

先日、ある事業所のお祓いに行ってまいりました。

年末年始はいつもご依頼をいただき

毎年きちんとされておられます。

事業者様は

『今年も無事に事業できたのも、終わりにはありがとうございました。はじまりには今年もどうぞよろしくお願いします。が神仏への欠かせない礼儀でしょ?』

とおっしゃられます。その通りです!

 

困ったときだけ神仏にお願いしますではいけません。始まり終わりは感謝が大切ですね!

さて、年末のお掃除もしかりです。ちゃんとありがとうございますを申して来年の準備で綺麗にさせていただいてまた福を入れましょう。

私は福よりも皆様のご多幸です😊

さて、頑張って磨きます!

合掌

 

鬼滅の刃と密教観!

先週ついに炸裂しました⚔️

ヒノカミカグラ🔥

『鬼滅の刃』は流行ですので私も見ております(^-^;

ところで『鬼滅の刃』は密教に精通するところが非常に多く私はそちらの方に関心があります🔅

 

まず、鬼は人の煩悩の塊です。密教では鬼=魔と考えます。その魔(煩悩)は大日如来の智慧のエネルギーにより溶かされます。大日如来は密教では太陽に例えられることがしばしばあります🌞

『鬼滅の刃』では太陽にあたると鬼は死んでしまいまますよね😱それから鬼を倒すためのもう1つの方法は鬼の首をはねることです。密教では大日如来が衆生救済の為に変化し下界に降臨する仏様が不動明王であると言われています。

このような出で立ちで煩悩を断ち切る剣を持ってますよね!つまり鬼=魔を成敗するんですね!

鬼を退治する日輪刀はまさに大日如来、お日さまの日です。そして、大日如来の化身である不動明王は密教では教令輪身と言います。言うことを聞かない悪人を仏法の力で矯正させる仏様なのです。つまり日輪刀の輪は教令輪身の輪ということです💡

そして、炭治郎が使う水の呼吸です。水とは密教で安心立命をもたらす大悲の水です。全てを癒し、清め、安堵を与える。まさに主人公の炭治郎の優しさは仏様のようです。鬼になる以前の人はもともとは清い!そのためいくら人を食らっても慈悲をかけます。まさに仏の心ですね!水はそのような鬼の罪を流してくれるものです。

我々、密教僧もこのようなラン.バン加持をして水で心、人、場所を清めます。

ランは火です。バンは水です。

煩悩=魔は大日如来の智慧の光(日)で照され溶かされます。そして心身を潤す悟りの水となります。その水で自身を清める。毘盧遮那仏は大日如来!

ヒノカミカグラ🔥はまさに最高峰の仏様、大日如来の成敗なのですね⚔️つまり、水と大日如来のヒノカミの日を使う炭治郎は大日如来そのものです🌞

『鬼滅の刃』の原作者さまに脱帽です🙇

合掌

京都東寺に行ってきました!

京都研修のさなか東寺にも伺ってまいりました。

晴天に恵まれました。

この場所は真言宗開祖空海弘法大師が

生前一番長く活躍された聖地です!

実は、この堂も曼陀羅なのです!

ここで空海も僧侶に授業してたのでしょうか?

不動明王です。やはり格別の迫力と

神秘的な力を感じます。

密教にはなくてはならない仏様です。

今回お大師様がいらっしゃる

御影堂の改修が終わり新しくなられました。

清々しい風が吹いておりキンモクセイが

どこか気分を落ち着かせてくれました。

 

皆様にも少しばかり参拝の雰囲気を感じていただけましたでしょうか。18日は自坊で護摩です。しっかりと護摩を修しなければならない!とまた凛といたしました。

合掌

回忌法要は何故行うのか!~考え方~

このお経は普供養三力と言うお経です。

 

『仏を信心する全ての皆様に功徳が行き渡りますように』というお経です。回忌法要をはじめ、護摩や祈願祈祷のときも唱える。功徳のあるお経です。毎日動画を見られるとご利益をいただけることと思います。

ここから本題に入りますが、

お葬式が終わったら毎週逮夜が行われます。

初七日~六七日、四十九日、一周忌、三回忌~五十回忌まで、そして弔い上げとなります。

必然的に行われますが、一体何をしているのだろうと思われている方がほとんどではないかと思います。

このご時世ネットや様々な本に色々と記載されていますが、いまひとつピンとこない人も多いのではないのでしょうか。

これより私の主観も入りますがわかりやすく説明してまいります。

 

まず『回忌法要は何故行うのか』を簡単にお答えしていきたいと思います。

純聖寺に関わっておられる方々は護摩などのお参りをされておられますので

仏様の教義を受けておられると思います。

しかし、衆生の皆さんのほとんどが毎日の生活に勤しむばかり、

仏縁なく毎日を送られておられる方がほとんどではないかと思われます。

 

そして、亡くなられたら仏教のことを何もわからないまま故人様は仏様の世界へ旅立たれます。

成仏するためには逮夜、回忌法要ごとに登場される各仏様の教義を順番に頂かねばなりません。

それが、逮夜、回忌法要なのです。

しかし、故人様が今まで仏教と無縁であれば尚更。

成仏しようとしても何もわからず不安になられますよね。

 

ですので、

故人様が成仏するためには、

『故人様が仏様の教義を頂戴しようとする力』に加え

『僧侶による法要の後押しで仏様から与えられる力』

『ご家族が故人様の成仏を願い、後押しし支えてあげる力』

この3つの力がいるのです。

 

これを真言宗密教では『三力』と言います。

それが普供養三力です。

以我功徳力(いがくどくりき)自身の努力。

如来加持力(にょらいかじりき)仏様のお力。

及以法界力(ぎゅういほうかいりき)それを後押しする環境。

普供養而住(ふくようにじゅう)そして、その三つが全て融和したとき願が叶いますとされる

 

と僧侶はお唱えします。

 

冒頭にも言いましたように『ご祈祷』にもこの3つの力『三力』は必要なのです。

つまり、亡くなった方、だけでなく

今、生きている私達にも必要な力ですね。

ひとつお勉強になられましたでしょうか。

 

今度は逮夜、回忌法要の仏様について

語りたいと思います。

 

合掌

立ち止まることは悪くない!〜砥峰高原のススキと空に想う〜

自身のためでなく忙しく走り回って、空回り。

一体何をしていることだろう!

そのように感じることは私にもあります。

 

ちょっと止まってみよう!そう思い訪れてみました。

雄大な大地と空

人間はちっぽけなものですね!

所詮考えてることなどたいしたことはありません。

必要以上に、こだわってはいないでしょうか?

こだわりを捨てるのは不安だけど

捨てても普段の日常は何も変わってません。

気持ちだけが焦ってはなりません。

今日できることだけ、してみよう!

自身ができる範囲には限りがある。

コップの水がいっぱいになったらそれ以上は入いらない。

それ以上入れてしまうと溢れてしまう。

それが無理というもの。

 

雲の形はいびつです!

すすきも、しっかりしているものもあれば倒れているものもある!

太陽は、いつも燦々とではありません!

雲に隠れ出たり入ったり。

青い空に雲がかかる青い空は、いつまでも青くはありません。

そう!みんな不完全です!

でもとびっきり、景色は綺麗に見えます。

それは道理だからです。

 

他人の評価を気にし過ぎてませんか。

人に合わせようとし過ぎてませんか。

思いが強すぎて無理をしてませんか。

毎日様々なことに振り回されてませんか。

そうなると注意散漫、心が疲れます。

心がギスギスしてしまいます。

正見を失います。

 

自然は不完全でも何故だか美しく綺麗です!

それは無理なく道理に沿っているから。

人も同じ。自然に習って無理なく道理に沿えばよい。

失敗しても一生懸命な人は美しい!

自分自身の身の丈を知り、懸命に走ればそれだけでいいと思います。

自分らしくでいいのです。

つらければ、しんどければ立ち止まってみるのは悪くない!

そう思います。

合掌

住職の雑学日記!~七種の滝と福崎町陰陽師伝説~

 

ちなみに河童の兄がガタローで弟がガジローだそうです。今日もブログをご覧いただきありがとうございます。河童伝説の続編、福崎町陰陽師伝説です。陰陽師と言えば有名なのが安倍晴明!しかし、晴明は京が主役の陰陽師!実は実力派の陰陽師はこの播磨に根を張り存在しておりました。

 

時は推古天皇の時代、この辺りは滋岡と呼ばれておりました。当時、大飢饉が発生していたそうです。そんなとき、この滋岡に現れては消えを繰り返すご老人がおられ、そのご老人が動画の場所から下ったところに、もみ、大麦、小麦、大豆、小豆、あわ、ひえの七種を植えましたらそれが実り飢饉から人々をお救いになったと言われております。そして、その方が陰陽師であったと言われ滋岡川人(しげおかせんにん)と呼ばれていたそうです。七種の滝の七種はここからきているんですね!

さらに、三論宗の高麗の僧、恵潅法師が聖徳太子の命を受けて山を登りしばらくこの地で修業をしていたところ滋岡川人が現れ、十一面観音菩薩を祀りなさいと言われたそうです。しばらくはこの山門の辺りに寺を構え、仏様を祀っていましたが後に弘法大師空海が寺を訪れ、その後、真言宗に改宗、現在は金剛城寺となっています。弘法大師空海もこの七種山のつなぎ岩にて護摩を修し修業なされたと言われています。

これが『つなぎ岩』です!

機会があれば行ってみようと思います。

また、滋岡川人は大慈悲観音の化身とされ自然霊=神、そして仏様ともされ、まさに神仏習合(神と仏を融合し尊重する考え)と言えます。

しかし、しかし。

純聖寺はそのような歴史を存じあげず、神仏習合の精神を引き継ぎ、弘法大師空海と縁のあった福崎町に開山し、また十一面観音菩薩を本尊とさせていただいております。

時空間を越えた、同調感、また、この地における使命感なのかもしれません。なんとも不思議な縁起です。真言密教僧として精進し歩まねばなりません。

合掌

 

 

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