理不尽な、お詫び

正見を持って、この記事を読まれまれている方はお察しのことと思います。長期に渡る理不尽さ、この状態に苦言したい毎日です。私があえてこの場所にいるのはもうこの世には存在しないが義理があるからです。約束、守らなければならないものそれがあるからです。それを破ることは本分を全うすることにならないからです。世の中はきっと先入観や偏見があるかもしれない。しかし、そう思うものと当方は全く異質なものであるとどうぞご理解いただければ幸いです。しかしながら、畏れ多い方々にご迷惑をおかけしていること、当方から申すのは理不尽極まりなく思いますがお詫びを申したい気持ちでいっぱいです。聖行派は本分を全うするのみでございます。

本日、初不動!

本日は今年初めてのお不動様のご縁日でしたので不動一段尽護摩を修しました。

一座目は本日、午前4時半から

二座目は本日、午前11時頃からでした。

 

本日は定例護摩でした!

毎月第三日曜日は定例護摩予約制ではございますが、午前10時~・午後2時~の二座、不動一段尽護摩を修させていただきました。今日はお大師さまの縁日の護摩です。護摩の前法要の際の仏様を撮影致しました。心がお疲れのとき、ちょっと元気になりたいときどうぞご覧ください。 合掌

南国愛媛でも寒かった!

7日8日と愛媛松山に出向でした。

しかし、黄砂と花粉。。。それだけでなく半端ない寒さでした。

朝起きてびっくり!霊峰、石鎚山が雪で真っ白でした。この時期にありえません。

しかしながら、定期便の愛媛への出向ご相談者さまの前進するお姿を見てホッと致しました。愛媛松山での次の相談月は六月。

それまで石鎚山とさようならです。また違う景色を見させていただきます。  合掌

働きながらお坊さんになる。僧侶になりたい。僧侶入門。《僧侶になったお弟子さんの声》

私は小さき頃より、人の大きな悩み苦しみを目の当たりにし、 真面目な性格からもあり、それらの苦しみの原因と何故そのようになるのかを探求しておりました。社会人として勤めている中、真言密教という仏教のご縁を賜りました。すぐにお寺へ出家し、9年間真言密教僧侶としての様々な基礎を学習させていただきましたが、その後、寺を下りしばらくの間、一般人として生活を送っておりました。

仏教を離れた生活、もやもやとした気持ちの日々を過ごしていました。そのようなとき、あるきっかけで純聖寺を知りました。十一面観音菩薩や諸佛の導きをいただき、自分の道は僧侶しかないと再び門を叩く決心ができました。

働きながら学べる。寺に9年いた経験上、本当に大丈夫だろうかと不安もありましたが、はじめて師とお目通りさせていただいた時の感動は今でも忘れません。弟子入りをして行を始めました。学院では加行作法だけではなく、丁寧に実践に即した読経や聲明に関しての指南もしていただきました。私の想像以上にきっちりされているのに感銘致しました。お師匠さまが「ここはあなたの他にも僧侶経験者が何人かいますからしっかりやらないといけません。密教を全うに行う聖行心を持って!」と言われたときに学ぶ場所は、寺の格式や大きさではなく師僧の本質が一番大切な事だなと実感致しました。

これからも精進致してまいりたいと思います。 合掌

純聖寺 宮城布教所 星名天弘

 

紅葉に見た日本人の人間力

タイムリーではないのですが11月下旬に大覚寺に行ってまいりました。紅葉は見ごろを少し過ぎていましたが、お庭に赤色が強調され素晴らしい景色でした。大覚寺は嵯峨天皇ゆかりのお寺でもあり当時の皇族の足跡がすごく感じられます。811年3月11日に当時疫病がはやりなんとかそれを押さえようと弘法大師空海が天皇の命を受けこの地で五大明王による祈祷を行い疫病がおさまったと伝えられています。霊宝館にて特別展もあり仏像も見せて頂きましたがいろいろと感じるものがありました。ありがたいとその言葉しか思いません。連日紅葉をちぎったりして家に持ち帰る方が増加していることが報道で取り上げられます。正直お寺の成り立ち、または神仏に対する礼節を重んじる心があればこのようなことはおきません。入ってはならない。その空気感が感じられないというのはどこか日本人が一番大切なことを忘れているのだと思います。少しばかりの小楽を積み重ねたとしても得ることのできないエネルギー、人間の深管を支えている。それこそが森羅万象、神仏のお力であることをお忘れなのだと思います。合掌こそが人間力を作って行くのだと改めなければなりません。合掌

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