消えゆくこころ 変わりゆくこころ 惑わされるこころ

金峰山寺に足を運んだ回数も十回は超えました。ここのところ毎年金剛蔵王権現の御開帳が春と秋にございます。数百年間秘仏であったのが数十年前に御開帳になったとき、それはそれは色鮮やかな圧巻の仏様に心清められるおもいでございました。そして、ありがたく参拝される方の清き心と同調し心底『よかった』と思えました。しかしながら、ここ数年足を運ぶも訪れる方のマナーも悪く、騒音を立てるバイクや参道を遠慮もなくスピードを落とさずに走る車など、また、参拝ではなくピクニック気分で訪れ参道を大きな声でお下品な会話をされたり、まったく参拝とは無関係です。蔵王権現も古くなったお寺の修復のために御開帳を頻繁にしているのですが、数年前よりも色があせてしまい迫力がうすれお疲れのように見えてなりません。まるでこの世の人間の不純さに疲れてしまっているようです。この仏を制作する過程を考えると現代の技術がいくら進歩したとはいえ到底同じものを作ることは難しいと思います。そこには信仰からなる人々の純粋なこころがあったのだと思います。それがあったからこそこ蔵王権現をつくれたのだと思います。いくら文明が発達しようとも人は非力自然には勝てません。都合の良いものなどありません。便利に惑わされてはいけません。人は自然の中で生かされている。そのことを肝に銘じなければなりません。『ありがたい、ありがたい、感謝!感謝!』消えゆくこころ 変わりゆくこころ 惑わされるこころ おごるこころを持たなければこのようにはなりません。『謙虚に慎ましく』生きることが大切なのだと思います。

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